「はぁ……」 放課後の校舎の屋上に、葵のため息だけが響いた。 こちらの思惑など一切お構いなしとばかりに晴れ晴れとした空の下、昨晩あの場にいた全員がそこで呆けていた。 誰しも声を上げず、ただ無言のまま時間だけが過ぎていく。 宙に浮かんだ魔人もトレードマークの髭を撫でる事さえ忘れ、ぼんやりと葵を眺めている。 屋上の柵に両肘をついた葵が、そのまま自身の首筋に巻き付けられた深紅のマフラーを掴み叫んだ。 「あー、もう! こうなっちゃったんだから仕方ないじゃない!」 「……すまぬな、少女よ。我が輩が巻き込んだばかりに……」 「アンタのせいでもないし、もちろんあたしのせいでもない! ただの成り行きなのよ! 落ち込む暇があったら、アイツらの弱点か何か吐きなさいよ!」 魔人の胸倉を掴み上げかねない剣幕の葵が、そのままの勢いで屋上の柵をガシガシと蹴りつけた。 「……なぁ悠、」 両手を頭の上で組んだ光輝が、そのまま空を見上げた。 「昨日の奴ら、見覚えあるのかよ? ほら……お前を襲った犯人、って」 「……全然覚えてないけど、多分……そうなのかもしれない」 ゆっくりと、どことなく歯切れ悪く、問われた彼女は吐き出した。 昨晩の堕天使の一派は、あれから一切姿を見せることはなかった。 だが今晩、宣言通りに再び現れるであろう事は、この場の全員が確信していた。 実際に戦って勝てるかどうかについては、それなりに勝算があった。 あの、文字通り不死身の人物と連絡がついていたならば。 「昨日の夜からずっと、ねーちゃんに電話かけても繋がらないんだよなぁ……」 建物の入り口の扉も固く閉ざされたまま、相変わらず『一週間休業!』の張り紙が貼り付けられており、いくら戸を叩いても内部から反応が返ってくることはなかった。 「……。紫苑も反応がない。となると、もしかしなくても俺たちだけで今回の件をどうにかする必要がある……かもしれない」 先ほどから軽く十回は発信している、相手の名前が表示された液晶画面を見つめたまま白斗はつぶやいた。 「全くもう……なんでこんな時に限って役に立たないのよ……」 葵は自身の首筋に巻かれた深紅のマフラーを、ギュッと握りしめた。 昨晩、薄気味の悪い死神に付けられた傷跡を隠すために、しまい込んだ冬服の山の中から急きょ掘り出してきたものだった。 授業中にも身に着けていたことを不審に思った教師陣に問い詰められる度に、昨晩葬式だった親友の形見だから外したくないなどと喚き、ことごとく没収を免れていた。 「ねぇ、葵。マフラー外して」 ふと隣に立つ少女にそう言われ、葵は自身の首元に手をかけた。 巻かれていたマフラーが取り払われると、そこには昨晩と変わらない紫色の裂傷があった。 ここまで大きな傷跡であるにもかかわらず、血は一滴も出ていない。 まるで、そこだけ紫色の塗料で塗られたかのような非現実的な傷。 「……」 傷跡を悠が覗きこみ、そっと手を伸ばす。 「痛かったら言って」 その言葉に、相手が無言でそっとうなずく。 と。 「……っ」 首筋に指を伸ばした悠が、顔に苦痛の色をにじませて即座に手を引っ込める。 その色白で細い指先に、火傷したかのような真っ赤な腫れが残っていた。 『おい、それ……』 幽霊と男子生徒二人がほぼ同時に立ち上がるが、大丈夫だから気にしないでとでも言うかのように、無言でもう片手を振る。 「……冷たい」 取り出したハンカチで怪我をした指を包みながら、短くそう述べる。 いつしか彼女の額には、うっすらと脂汗がにじんでいた。 「ドライアイスに触れた感じ。それよりももっともっと冷たかった」 「……。あたしが触った感じだと何もないけど……」 自身の首筋をぺたぺたと触りながら、葵。 ふと、その隣にソウルジャグラーが降りてきていた。 「あやつらも言っておったろう。呪いの印、だと。そう軽々しく触れない方がよいぞ。最も、触れた程度では良くも悪くもどうともならないであろうが」 「……ねぇ、アイツら、三日後にあたしの魂を持っていくって言ってたわよね? 魂を抜かれる、ってどういう事?」 その問いに、元々笑みなど浮かべる余裕などなかったであろう魔人の顔がさらに凍り付いた。 「……。死が極楽に思えるようなもの、であるとだけ答えておこう」 「……」 無言のまま、ゲッと顔をしかめる。 「あまり詮索はすべきではないぞ、少女よ」 そして屋上一帯が、再度静まり返った。 眼下で放課後の部活動に興じる運動部員のやかましい声でさえ、どこか異世界の出来事か何かのように屋上を駆け抜けていく。 「ねぇ、じゃあもう一つ聞きたいの」 しばしの沈黙を破ったのは、またしても今回の渦中にいる彼女だった。 「そもそも昨日の奴らは何なのよ? 魔界の追手は分かったけど……敵対する派閥がどうのこうの、って」 「あやつらが何か、と問うか。それは簡単だ。……堕天使派だ」 淡々と、言葉を吐き出していくソウルジャグラー。 「あやつらは全員が全員、元天使なのだよ。遠い遠い昔に天界より堕ちた、な。そのように天界からの住人が集まって出来た派閥。それが堕天使派だ」 「元天使って……あのマッスル牛や、陰気くさい死神も?」 その問いかけに、無言でうなずく。 「そこと我が輩が所属する一派が長年対立しておってだな。そこからは昨日話した通りであろう」 『……ところでアンタは何派なんだ?』 横で話を聞いていたクレアが、ふとした疑問を投げかける。 「我が輩は魔女派だ。その名の通り、魔女と呼ばれるお方に付き従う一派、であったな」 『その魔女とやらから、援軍か何か来るアテはあるのか?』 「無い、とだけ言っておこう。我が輩も魔界にいた頃からあの方は久しくお見掛けしておらん。そもそも我が輩程度の下級魔人を気にかけるような方ではあるまいて」 それから魔人は、それきり何かを考えるかのように押し黙ってしまった。 学校を後にし、四人と二人で寄宿舎方向まで歩いていく。 しばらく校舎の屋上でたむろしていたせいか、早めの定時の会社の退勤時刻と被ってしまったようで、段々と混雑し始めた路上の人ごみをすり抜けるようにして通り抜ける。 宙に浮かぶ魔人は、人目に付くからという事でどこかへと消えていった。 「あー、やっぱねーちゃん、部屋の中で寝てるのかもなぁ……」 大通りの十字交差点を渡り切った時、そこでふと光輝が立ち止まった。 「だってそうだろ? ここまで連絡がつかないなんて、今までになかったしな」 歩みを止めた彼の足は、すぐに寄宿舎とは反対側へと向けられた。 「ちょっと様子見てくるわ。先帰ってていいや」 『お、おい』 歩き出す姿へと向けて、幽霊が半透明な手を伸ばしたのとほぼ同時に。 「……私も病院に忘れ物した……かもしれない」 雑踏の中で、頭に手を当てて立ち尽くす悠。 彼女もすぐに、前方を見据えたままどこかへと足早に駆け出した。 『お前もか……』 ため息をついたクレアは、そこで空を見上げた。 『日が落ちるまではまだ時間があるだろうが、念のために二手に別れた方がいいな』 日が落ちる、つまりは昨日の堕天使たちが再度現れる時間帯。 それをすぐに察したのか、光輝の歩みがすぐに止まった。 「よし、じゃあ俺が悠と……それじゃ意味ないかぁ」 『ああ。……なら白斗、お前が悠と一緒に病院まで行ってくれるか?』 「分かった」 自身の兄が隣に立った悠の顔に、どことなく拒絶のような色が浮かんだ。 「……別にいい。私一人で行けるから」 『でも、またいつ倒れるか分からない。もしかすると昨日の奴らが約束を破って襲い掛かってくるかもしれない。そうだろう?』 「……」 『で、光輝は私たちと一緒に、秋津のところまで向かう。葵の護衛も兼ねて、な』 「なんでよ。別に今襲われるわけじゃ――」 むくれる葵に、クレアが息を吐いた。 『昨日の奴らを挑発しまくって怒らせたのはお前だからな。万が一狙われるとしたらその確率が高いのはこちらだろう』 それから幽霊は、手近な腕時計を覗き込んだ。 『昨日と同じ時刻まで、あと一時間というところだな。……全員、その時間までには集まっていてくれ。それでいいな?』 駅方面の病院へと向けて足早に歩く悠の後ろを、白斗は追いかけていく。 何度か通行人にぶつかりそうになりつつ――時おり実際にぶつかっては――ひたすら歩き続ける彼女。 それは自身が知っているいつもの彼女の姿とは違っており、白斗は口を開いた。 「病院の受付、そろそろ閉まるんだっけか」 「……そう。だから……急いでる」 どことなく息切れを起こしつつも、明らかに自身の身体が追い付いていないペースの歩みを止めようとはしない悠。 「別に……兄さんは一緒に来なくてもいいけど。光輝たちの方……行ってて」 「もしかして、俺いない方がいいのか」 「うん……その方が助かる」 この冷たさは今に始まったわけではなく、そして自身にだけ向けられたものではないとよく理解はしていたので、大してショックを受けたりはせず。 何かあったらすぐに連絡が出来るようにせめて携帯電話の準備だけ、と言おうとして。 いつしか、眼前に誰かが立っていることに気付いた。 「おやおや、またもや奇遇ですねぇ。これは運命なのではないでしょうか?」 満面の笑みと共に現れたのは、昨日の石田とかいう神父服の男。 彼はすぐさま悠の前に膝をつき、彼女の手を取った。 「ハハハ、相変わらずお美しいことで」 「……秋津さんたちに連絡が付かないけど、アンタ何か知らないか」 悠の手に口づけでもしかねない雰囲気を全力で醸し出す石田に、白斗は問いかける。 だが眼前の相手はそれには答えず、取った手に幸せそうに頬ずりなどし始めた。 「……すみません、今急いでるので」 いつになくはっきりとした嫌悪の表情を浮かべ、相手を振り払おうとする悠。 相手はそれすらもにこやかな笑顔のまま無視し、唐突に立ち上がった。 そして悠の前髪をめくり上げてそのままそっと額を撫で、そこに口を寄せようとする。 「……」 そろそろこれは相手を全力でぶん殴った方がいいのだろうかと白斗が迷っていると。 「……っ」 石田の唇が触れる寸前に、唐突に彼女がよろめいた。 口づけをされる寸前だった額を抑え、ふらふらとその場にしゃがみ込む悠。 深く息を吐き出し、ボーっとした顔で頭上の石田を見上げる。 「おおっと、大丈夫ですか?」 極めて真剣な顔つきを保ったまま、どさくさに紛れた似非神父がそのまま制服の胸元に両手を伸ばし―― 「そこのお兄さん、こちらへ」 ちょうど街中を巡回中であったらしき、数人の警官隊に背後から腕を掴まれた。 「え、あの、僕は単に脈を調べようと」 「詳しい話は署でお聞きしますので、ともかくこちらへ」 「最近この辺りで未成年略取や、強制わいせつ事件が立て続けに起こっていまして。確か目撃者は口を揃えて金髪の神父にと……。……」 そこで警官隊は全員同時に顔を見合わせると、真顔で石田をどこかへと引きずっていった。 「……」 限りなくどうでもいい事を目にした気がしたが、今はそんな事よりも。 「……体調、本当は無理してるんじゃないか」 足元でうずくまる悠に手を差し伸べ、そう声をかける。 「……大丈夫」 再度大きく息を吐き出した悠は、白斗の手を無視して立ち上がった。 「少し目まいがしただけ。何でもない」 よれた制服を整えつつ、やはり足早に病院方向へと向かおうとする。 「……」 やはりどこか無理に気負っているのではないかという疑念を拭い去れないまま、彼女の後を追った。 いつもの便利屋の建物の外付けの階段の二階部分にて。 「おーい、ねーちゃーん。いるんだろー? 開―けーろーよー!」 入り口の扉を何度も叩きながら、光輝が大声を上げる。 数分前から変わらぬ同じ光景。それはつまり、中からの反応が一切ないという事を意味していた。 「ねぇ、本当にここにいるの? 紫苑とあの石田とかいう変質者と三人で、どこか別の場所で仲良くお菓子でも食べてテレビ見て笑ってるんじゃないの?」 葵がそう実直な疑問を吐き出しつつ首をひねると、扉を叩く音が止んだ。 階段下の壁に寄りかかるようにしながら腕を組んでいたクレアが、小さく息を吐く。 『……お前を基準に考えるな。先ほど見てきたが、少なくとも下の喫茶店にはいないようだったな』 「変ねぇ……。電話も通じないし、ここにもいないみたいだし。どこ行っちゃったのかしら」 と。 「いやー、よく会うッスねぇ」 唐突に下から声が飛んできて、三人がほぼ同時に階下を覗き込むと。 そこにいたのは、濃いサングラスをかけ飄々とした笑みを浮かべる男性。 光輝と葵は同時に顔を見合わせ、またほぼ同時に手をポンと叩いた。 「アンタは確か……なんだっけ、ク、ク、クロ……クロームだっけか?」 「違うでしょ。確か……クッキーだとかクリックだとか、そんな感じの名前だったような……?」 「イヤだなぁ。クロード、ッスよ、クロード。外国人みたいっていう感想もくれたじゃないッスかー」 あっはっはっは、と自身の頭を小突きながら笑う。 「で、アンタは何しに来たのよ? 前は人に会いに来たとか言ってなかったっけ?」 前回会った時、誰かに用事があるだとか何とかと言っていたような気もするが、葵としてはその後のゴタゴタで記憶の彼方にすっ飛んでしまっていた。 それは隣の光輝も同じであるようで、同じく首を捻っていた。 クレアが複雑な表情を浮かべて見下ろす中、二人は階段を下りていく。 「あ、ところでさ。ここんとこねーちゃんと全く連絡付かないんだけど、何か知らないかよ? 結構緊急の用事でさ」 「秋津さんッスか? あー、なんか最近忙しいみたいッスねぇ」 決して笑みを崩さないまま、大仰なまでに考え込むクロード。 「何で忙しいのか知らないけど、それどころじゃないのよ。昨日、魔界から変なのが三人? もやってきて……。明後日の夜までに、あたしの魂を持っていくとかって」 と、自身のマフラーを外して紫色の裂傷を見せる。 だが、そこで返ってきた言葉は。 「ああ、知ってるッスよ。なんか大変な事になってるみたいッスねぇ」 欠伸をしながら、クロードがつぶやくように言う。 ……。 「し、知ってるなら、ちゃんとねーちゃんたちに伝えてくれよ!? 紫苑とか呼んでくれればすぐに終わるだろうし!」 「そ、そうよ! まさかあたしが真面目に便利屋の仕事しないから、あたしの魂なんかどうなってもいいやー、とか思われてるんじゃないわよね!? それだったら明日から全力で反省するから助けて!」 「りょ、了解ッス、ちゃんと秋津さんたちに伝えておくッスよ!」 二人にガクガクと揺さぶられながら、やはり笑みを崩さないクロード。 『それにしても……秋津たちは本当に昨日の事を知らないのか……?』 その光景を頭上から見つめながら、ふとクレアがつぶやく。 と。 「そうッスねぇ……秋津さんたちの事について僕の口から言える事は――」 ……。 「あ」 クロードがどこか間抜けな声を上げた瞬間。 葵の意識が一瞬で何かに引っ張られる感覚と同時に、気が付くと彼女は自身の背を見つめていた。 「……お前は何者だ?」 一気に詰め寄られて胸元を掴まれても、相手のその笑みが消える事だけはなかった。 「お前は最初からずっと私の事が見えて、声も聞こえていたわけだな?」 「まあ、そういう事になるッスねぇ」 「……」 「いやぁ、クレアちゃん。自分より何回りも背の低い女の子に凄まれても、怖くもなんともないッスよー」 葵の姿をしたクレアの眼光に射抜かれても、カラカラと笑いながら軽くいなす。 「クレアちゃんって、秋津さんの知り合いは見えてるんスよね。紫苑くんとか」 『……そうよ。あの変質者だけは例外みたいだけど』 霊体状態の葵が、何かを思い出したのか顔をしかめながらも答えた。 「そんなわけで、僕も秋津さんの知り合いという事で、一つ納得してもらえるとありがたいッス」 「……お前が秋津の知り合いだという保証は?」 「あー、確かゴールデンウィークの初日辺りに、そこのオープンテラスでねーちゃんと話してたの、俺が見たぜ。確か一緒に、あの神父の人もいたっけな」 脇から光輝の声が飛ぶ。 それでも、クレアはしばらく納得のいかない顔をしていたものの。 「……。失礼した」 ずっと掴んでいたクロードの襟元から手を放し、小さくため息をついた。 「……あれ」 病院入り口に掲げられていた、待合室の最終受付時間を知らせる張り紙に気付いた白斗は声を上げた。 「各診療科への受付は午後六時まで。夜間は緊急診療と小児科のみ対応」 印字されている内容をそのまま読み上げる。 六時と言えば、昨晩魔界からの来訪者が目の前に現れた時間帯。つまり、光輝たちと落ち合う予定の時間帯。 「……思ったよりまだまだ余裕があったか」 それにあくまでも患者としての受付が午後六時までであり、入院もできる大型病院である以上どこかに必ず当直の職員はいるだろう。 つまりは忘れ物をした旨を告げれば、確認をしてくれる程度の便宜は図ってくれるだろう――よほど融通が利かない、もしくは死ぬほど忙しい場合は別として――そんな事を考えつつ、先に受付で用件を話している妹の元へと駆け寄った。 「えーと、津堂悠さんですね。あなたの忘れ物は……特に無いようですね」 「え……」 いつもの無表情のまま、何かを考え込むかのように口元に手を当てる悠。 「昨日の朝まで私がいた病室に、何か落ちてはいませんでしたでしょうか」 「……津堂さん、お伺いしますが、一体何をお忘れになりました? それだけお伝えいただければ、こちらで確認して参りますが」 「……。いえ、私の気のせい……かもしれません」 そこで言葉に詰まり、そっと目を伏せた。 どこか気まずい空気が流れ始めたので、白斗は小さく頭を下げ、悠を連れ立って病院の外に出た。 「一つ聞いておくけど……一体何を無くしたと思ったんだ」 別に無駄足だとかどうのと言うつもりはなかったのだが、淡々とした彼女があそこまで急いで回収しに行こうと思うものがどうしても気になった。 だが、そこで返ってきた答えは。 「……分からない」 「……え?」 彼女には何かを隠している様子はなく、まるで本当に何を探しているのかが分からないかのようで。 「何かを無くした……気がしたんだけど」 「さっき、あんなに急いでたのに?」 「……」 それには答えず、彼女はゆっくりとした足取りで元来た道を戻り始めた。